管理人略歴
簡単な生い立ち
たまに追記してることがあるみたいです。

幼少期

1982年10月19日。
大阪にて生まれる。
このころの体重は平均より若干重かったらしい。
「生誕時に体重の大きい子は、成長すると小さい」という俗説を見事に裏付けた。

1歳の頃、自宅の庭で煉瓦に戦いを挑む。
勝てるわけがない。
病院に運ばれ、アタマを数針縫う。
なお、過去に縫合手術をしたのはこれっきり。

あとはあんまり覚えてない。
せいぜい、幼稚園のクラスメートに白人のハーフの子がいたって言うぐらい。
彼女は元気なのか?
(もっとも、俺のことなんか覚えちゃ居ないだろうが)

小学生

4年生ぐらいまで、帽子を盗られると泣く少年だった。
さらに全く泳げないというスポーツ無能ぶりを発揮。
ただし、水泳に関しては5年生の頃に目覚ましい進歩を遂げる。
(4年まで→5mしか泳げない 5年生→100m泳げる)

6年の時初恋をする。
けど、結局何も出来なかった俺が居ましたとさ。

中学生

まず、1年生の時に双子のN兄弟を知る。
兄弟そろってイタズラ好きだった。
と言うより、12歳にもなって「こいつ女子トイレに入れてやれ」なんて発想できるのがスゴいです。

・・・で、その二人に思いっきり足を取られて顎強打。
人の肌とは思えない紫色してましたよ、その時は。

また、数学の教師に「プリントを忘れたのに正直に言わなかったので殴られた」という思い出も。
でも、その先生は人気No.1で。俺も最も好きな先生でした。
何というか、人間性ってのはスゴいですね(ぇ

で、小6時の初恋の女の子に対し行動に出てみる。
結果? そんなもん聞くまでもないでしょ。

2年生。
このときだけ5クラスだった。
(人数少ないので普通は4クラス編成)
ただ、わずかに規定人数を超えて5クラスという関係上、1クラスの人数は33人と少ない。
2年の頃は特に何もなかったです。

3年生。
一番濃かった中学時代の1年である。
修学旅行でバスにとても酔ってしまい、最終段階に突入し遂に(自主規制
で、とりあえず飛騨牛が旨かった。一切れだけど
ちなみにその当時、片思いの子がいたが、今考えると何で何もしなかったのだろうと後悔することもある。
でも、今ではどーでもいいんですけどね。

で、高校入試。
近場の私立追手門高校と近場の公立、府立福井高校を受験(福井県の方じゃないです)。
追手門はレベルがそこそこの高校で、福井はいわゆる「底辺校」だったが周りの意見を完全に聞かずに福井高校に進学する。
担任や周りの友達とかは「何で福井なん?」って普通に疑問に思ってたとか思わないとか。

(当初、春日丘を狙うものの、「無理」と担任に言われ三島に方針変更。
だが、担任に「ちょっと厳しい・・・」と言われて福井にしたという感じ。
当時からやる気の無さだけは完璧だったようである。)

高校時代

1〜2年前半の時は中学生の延長という感じで過ごす。
今考えればスゴいもったいないことをした。
もうちょっと楽しんどくべきだったかな。
2年の後半、修学旅行にて新しい出会い。
中学時代の友人と、彼と同じクラブの女の子。(後者が新しい出会い)
それがきっかけでそのクラブ(の極僅かの人)と交流を持つ。
そこで一人の異性と出会う。
そして、3年になってから1年ちょい、付き合うことになる。

3年生。
話によると1つ下の学年は俺らの学年のコギャル軍団のせいで修学旅行が制服になったらしい。
まあ、ガングロ・ピンクファッションは流石に駄目やったんやね。

なお、このころの音ゲーの腕前は、
5鍵:ゲノム(HARD)が抜ける。
7鍵:DYNAMITE RAVEが限界。
DDR:パラリバSSRクリア。
ってな感じ。

進学は大阪教育大学志望だったものの、2年の時の担任に
「教師というのは就職が厳しい。あとのこと考えて学部を選ぶ方がいい。」
と言われ、近大理工学部機械工学科に方針変更。
理由は“推薦入試がある”だけだった。(マテ
数学の学内偏差値が89とかあり得ない数値だったので神大とかも狙ってみたら?と、担任に言われるが乗り気にはなれず。
(全統模試では偏差値51でした。現実を知ってるので神大なんて狙う気毛頭ありませんでした。)
結局推薦で受かった近大に進学しました。
(それ以外全部落ちたのは内緒。)

ちなみに付き合ってた彼女とは大体この辺から終わりムードが漂っていた模様。(今思えば

ちなみに時期を逃したと言うこともあって、高校3年間は部活に入ってませんでした。

大学〜現在

まあ、不安だらけでスタートしました。
けど、それも1〜2ヶ月で慣れました。
びっくりしたのが、小学生以来全然違う学校に通っていた知人が同じ大学、同じ学部、同じ学科、同じクラスという奇跡的な出来事が。
と、言うことで速攻で息が合う。
大体休日はこの友人か、ANA☆と過ごすか、適当にブラブラする感じになります。

んで、彼女とは5月末に別れました。
でもぶっちゃけて別れて正解だったかと。
今思えばやっぱり何かが合ってませんでしたからねえ。
その後はしばらくテンション低めの生活を送っておりましたが、まあまあ復帰していきました。

そして、理工学部機械工学科のくせに物理学の単位を落としたりしてます。
4回生の時にでも再履修することにしますか・・・

「教師になりたいです」
そんなこといいながら教職課程を一切取っていないという矛盾した人生を送っていますが、それはそれでいいんです。
人生楽しかったらそれでいいんですよ。
で、この春から大学3年生。
後半戦の始まりです。

そろそろ就職なんぞを考えるじきに突入。
いつの間にやら志望は教育機関ではなく、地味に考えていた交通機関に目が向いていっています。
果たしてどうなるかは・・・誰も知らないんですけどね。
更新した日:2003年4月12日